ポケダン(探検隊)チーム『シノギリハ』・『マシュマロ』・『ひだまり』・『カクテル』のネタを殴り書くそんなブログ。
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零士の話
*****
深夜。
静かに時の進む部屋の中で、カタカタとキーボードを打つ音だけが鼓膜を打つ。
照明が点けられていない部屋の中、唯一の明かりともいえるノートパソコンのディスプレイが放つ光は、不気味にかの者の姿を照らす。
カタカタ、カタカタ。カタカタカタカタカタカタカタカタ。
キーボードを打っている張本人・月ノ瀬零士は、ただ静かにキーボードを細い指先で叩く。パソコンに向かうその顔に表情は無く、その目は画面上に浮かぶ文字の羅列をただひたすらに見続けていた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ、キーボードを打つ音は止まらない。止まらない。止まらない。
「これで、」
いつの時にか覚えた、「上書き保存」のショートカットキーを打ち込み、画面を閉じる。閉じた後、零士はフゥ……と息をつき、天井を仰ぐ。
その口は言葉を紡ぎ出す。
「――自分の“物語”は……」
「零士さーん」
1月10日。
大方冬休みも明け少しずつ授業も始まっていくこの時期、現在絶賛家出中の少女・口無十色は零士が住んでいるアパートへ足を運んでいた。その手にはビニール袋に詰められた食材と、学生鞄が握られている。学校の帰り道で食材を買い出してくれたのだろうか。彼女はいつもの笑顔を浮かべながら、ピンポーンとインターホンを鳴らす。
しかし、押しても何の反応も返ってこない。
「……あれ?」
いつもならば、家主である零士が扉を開けて迎えてくれるはずだが。今回はそれが無い。打ち合わせがあって出かけてるという話も聞いてないから、彼は高確率で家にいると彼女は思っていた。
出かけているのかを確認するべく、そっとドアノブをひねれば、ガチャリと音を立てて扉が開く。不審に思い、十色は部屋の敷居をまたいだ。部屋の中を見ても零士の姿はない。風呂場やトイレも確認したが、姿見られず。
(どこに行ったんだろう……?)
テーブルにビニール袋をガサリと置くと、彼女の目に一つの物体が留まった。
ノートパソコン。
零士が仕事の時に使っているそれは自室に片付けられておらず、リビングに置かれていたテーブル上にポツンと存在している。作品の保存に使っているUSBメモリも、パソコンの傍らに放置されていた。
USBメモリの傍らには「こちらのUSBに新作『レイノツキ』の原稿データが入っています、ご確認ください 月ノ瀬零士(月見雨令)」のメモ書きが添えられており、原稿を届けに出かけているという可能性が彼女の頭の中では抹消される。
申し訳ないと思いながらも、彼女はパソコンを立ち上げ、USBメモリを差し込んだ。データには確かに『レイノツキ』と銘打たれたワードファイルが入っており、カチカチとダブルクリックしてデータを開く。
これは一つの懺悔である。
これは一つの苦悩である。
これは一つの痛みである。
これは一つの叫びである。
自分は自分を見て欲しかっただけなのに。
自分は愛されたかっただけなのに。
自分は戻りたかっただけなのに。
どうして。
冒頭から登場人物のものであろう悲痛な独白が綴られている。この文章だけで察すると、また悲恋の類を書いたのだろう。
親を失い、自分を引き取った親戚からも虐待を受け、その後施設に引き取られた……愛情に飢えを覚えた少年の物語だと推測される。
(――あれ…?)
画面をスクロールさせながら文面を読んでいけばいくほど、十色はその文面から“何か”を感じ取る。
“愛”というものは、何だろうか。思考を巡らす事がある。
思えば親を失い、親戚に引き取られても虐げられたこの身は、“愛”を深く得られず生きてきた。誰かを好きになれても、誰かに好かれる事は無かったように思える。そんな人生を自分は歩んできた。
「自分が3歳くらいの時に親を事故で亡くしまして、母方の伯父夫婦に引き取られたんです。ですが、伯父達は親が残した遺産だけが目当てで……自分のことはまともに育ててくれませんでした。」
「何分20年以上も前の思い出しかないので……その辺はよくわかりません。解っているのは伯父達は自分に興味はなくて、泣けば暴力を振るわれ、満足な食事も与えられず、育児放棄もされていたという事だけですね。」
「それが3年近く続きました。自分でもよく耐えれたなと思っています。近所の方が不審に思ったのでしょう、その手の機関に連絡してくださりまして……遺産の半分を伯父達に渡す事で自分は無事生き残る事が出来ました。」
(これって――)
十色はディスプレイに映る文字の羅列を凝視していく。
彼の者に愛されたいと思った時には、彼の者は一人の男と結ばれた。周りは二人を祝福していたが、そんな中自分だけは、その祝福の声を上げる事が出来ずにいた。
自分の中に渦巻く薄気味悪い感情のが、自分の脳裏に木霊されていく。
「彼女への恋心を自覚したその日に、結婚を前提に交際し始めた男性を連れてきました。」
「前々から付き合っていたんじゃなくって?」
「ええ、『今日から結婚を前提としてある人とお付き合いすることになった』とハッキリ報告されましたよ。……他の人達は二人を盛大に祝福してましたが、自分だけは心中複雑でして、静かに部屋を出て行きました。これ以上、その幸せそうな姿を……見たくなくて。」
「その男を殺してしまえ」
「彼の者を壊してしまえ」
悪魔の囁きとも言えるそれに、自分は負けてしまった。空っぽの瞳に歪んだ笑み、滲み出た黒い汚い感情が、衝動が自分を動かす。
自分はただ愛されたかった。
この身を彼の者の温もりで包まれたかった、この頭を彼の者に撫でて欲しかった。この空いた心を、彼の者からの愛で満たされたかった。ただ、それだけだったのだ。
「その日、麻衣香さんとその恋人……木下祐造さんが談笑していた所に、フラリと自分は訪れました。祝福とは全く関係の無い、包丁を片手に。」
「自分の呪いはいつの日か、好意を抱いた相手に対し、深い殺意、激しい破壊衝動を感じるようになっていたようで……その衝動に流されるがまま二人を襲いました。『どうせ手に入らないなら、この手で壊して“自分だけのもの”にしてしまえばいい』と、歪んだ独占欲を露にして……。」
(これって……ッ)
彼女は文章を読んでいくうちに、一人の人物が想像される。
――月ノ瀬零士。
この小説を作り上げた張本人。
「これは、“零士さん”の話だ……!!」
この作品は、彼が今までまともに吐き出せなかった悲痛な叫びや懺悔を綴ったものだと、十色は思い至る。事実、小説には彼が自分に昔語った出来事や、自分と出会うまでにあった出来事(なのだろう)を元にしたエピソードが、主人公の生涯として紡がれている。
愛する者に向けた独占欲や、それを露にした事で感じた後悔の念。再び起こしてはならないとして他者を恐れ、逃げ、隠れ、怯える日々を過ごした主人公。他者に怯えたまま主人公は大人となり、気まぐれに作った作品が偉い方の目に止まり、それで収入を得られるようになった。
自分をモデルにした人物も物語には登場している。物語の上ではちょこちょこと姿を現すだけの端役だが、それでも自分と同じ立場の少女は、話の舞台に立っている。
(この話の終わりは……)
十色はパソコンの画面をスクロールさせ、原稿の最後の部分を確認する。自分の手が、顔が、目が、ある文章を見るやいきなり硬直する。
確認してすぐ、彼女は自分のカバンを持って零士の家を出た。
家を出、階段へ向かって走る背後で近所のインターホンを鳴らす存在を感じながら。
(零士さんを、見つけないと――…っ)
アパートを出て、十色は街を駆けていく。街には通行人が横行しており、人々の隙間を抜けるように彼女は走る。彼女の姿を一瞥した人は、必死さが伝わったのだろう、サッと避けていく。
(見つけないと、でも、零士さんはどこにいるの? 心当たりも無いのに、どうやって? 零士さんの電話番号なんて知らない、連絡がつかない、それで……どうやって、私は零士さんを見つけるの??)
グルグルと巡っていく自身の思考。自分らしくない、鬱々とした思考の迷宮が自分の気力を削いでいく。
いったいどれだけ走ったのだろうか、息も絶え絶えになり、ついには足元がもつれ通行人にぶつかってしまった。優しい人なのか「悪い、大丈夫か?」と、相手は十色に手を差し伸べる。彼女がその手を無視して自分で立ち上がろうとした時、その人は気付いたように口を開く。
「あれ? アンタ……確か」
「作家さんの家にちょくちょく来てる嬢ちゃんじゃねーか」
「……え?」
十色はその言葉に思わず見上げる。
彼女の視界に映っているのは二人組だった。自分に手を差し伸べている金髪の男性と、彼の傍に立つジャケットスタイルの人。
男性は「どうした?」と、キョトンとした表情を浮かべたまま十色に尋ねる。傍らにいた人物も、彼女の顔を心配の表情を浮かべ見下ろしていた。
「……あ……」
十色の口が開く。
開いた口は言葉を紡ぐ。
「助けてください!」
紡いだ言葉は、彼女の叫び。
「このままじゃ、零士さんが……ッ」
その叫びは、名も知らぬ他者の鼓膜を震わせた。
「……」
冷たい風が頬を撫ぜる中、月ノ瀬零士は廃ビルの屋上に佇んでいた。寒空の下には変わらぬ日常の景色、彼もまたいつもと同じ和装で此処まで来ていた。
一歩、また一歩、そのまた一歩と。錆びた柵へ近づいていく。いつもと変わらぬ、愁いを帯びた黒の瞳は静かに景色を見下ろした。
変わらぬ日常を、変わらぬ平穏を。
「――」
柵を乗り越えると、ずっと閉ざされていた口は小さく開かれる。
同時に口ずさんだ、一つの唄を。
昔に聞いた、子守唄を。
懐かしさと、安らぎを感じる唄を。
もう一度、眼下に広がる景色を見下ろす。変わらぬ日常が広がる、街の様を。
口元に薄い笑みを浮かべた後、己が体重を景色広がる先へ傾け……
その身体は、ゆっくりと下へ落ちていく。
「 」
小さな声で、一つの言葉を紡いで。
「させるかよ!」
知らぬ低い声と同時に此方の服を掴む手が一つ。
屋上すぐ下の階層、ガラスもなくなった窓から金髪の男が零士の服を掴んでいた。赤く鋭い瞳は必死とも怒りともとれる表情を浮かべながら、男はそのまま投げる動作を取って零士を部屋の中へ一気に引き入れた。
灰色の空間を、彼は受身を取れないまま数メートル転がっていく。その過程で、床にガラスの破片が散らばっていたのだろう、服が所々切れる音がした。
「……な……、……?」
よろよろと零士は自分の状況を把握し始める。
部屋にいるのは零士を除いて三人。彼を引っ張り、部屋へ投げ込んだ金髪の男性。彼から少し離れて佇む、ジャケットスタイルの存在。
そして、
「零士さん……っ」
今にも泣き出してしまいそうな、見知った少女の姿。
「口、無 さん……?」
「何故」と問いかける前に、少女・口無十色は言う。
「ラストを……、変えてくださいっ」
零士の肩を掴む彼女の右手に、力がこもる。そんな二人の様子を暫く観察していた男・龍宮槐は、息を吐いて傍にいたユズリハと共にビルを出て行った。
「……今回の小説、ちょっと原稿見ちゃいました。主人公の人……零士さんがモデルですよね?」
「…………」
「死ぬつもり、だったんですか? ……小説のラストみたいに」
「…………」
「やめてくださいよ……死んじゃ、ヤです……」
「零士さんがいなくなったら、私、どこに帰ればいいんですか……?!」
十色は、泣きながら零士に言う。ポロポロ涙を流しながら。
「口無さん……」
ポタポタと落ちる雫の音。気が付くと零士の頬にも一筋の雫が伝っていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
吐き出される謝罪の言葉。だんだんと小さく、かすれていく声。
その腕は彼女を抱きしめ、長い黒髪を梳く。
二人の男女は数分の間ただ静かに、涙を流し続けた。
「約束してくださいよ? こんな事しないって」
「わ、わかってますよ……」
廃ビルを抜け出し、零士と十色は街を歩く。十色が彼の腕を組んで密着しようと図るが、零士は慌ててそれを回避する。回避に対して見せた彼女の反応は「ちぇー」の一言。雰囲気としてはいつもの感覚に戻りつつあった。
「にしても……」
十色は零士の服を見る。一瞥した程度ではわかりにくいが、ガラスの破片が原因か、ところどころ傷が入っている。
「さっきので少し服傷んじゃいましたね。これじゃ街を歩くのも微妙……そうだ、今度服を買いに行きましょうよ! ついでにその長い髪も切るとか」
「唐突に何言うんですか!? 別にそこまでしなくても大丈夫ですって……」
「えー。零士さん、まだ若いんですからちょっとくらいオシャレとかしましょうよー」
「いやいやいや」
何気ない会話を交わしながら、街を歩く。目的は当然、自宅としているアパート。
そこへ帰る道中、零士はふとある物事を思い出す。
十色の父と名乗る男性が告げた、一言を。
彼女に伝えてくれと託された、言葉を。
(そうだ、伝えておかないと――)
「口無さん。あの――」
「あーっ!」
突然の叫びに、零士はビクリと肩をはねる。声の主を見ると、十色が自分のカバンに手を入れながら話す。
「お財布……学校に忘れてきちゃった」
「え?!」
「それは、まずいですね……」零士もその言葉に対し困惑の感情を示す。
「私、一度学校に行って確かめてきます。それじゃ、また後でー」
「ああ……はい……」
勢いのままに学校へ走る十色の背を、零士は見送ることしか出来なかった。
伝えなきゃいけないと思ったことを、伝えられないままに。
この日を境に、口無十色を月ノ瀬零士がいるアパートで確認されることは無くなった。
******************************
十色さん(とほんのり肇さん)をお借りいたしました!
この日を境に零士は、部屋で彼女を待ちぼうけをしたり、彼女を捜すために、ふらりと部屋を出たり、同じくらいの子に尋ねる事をし始めます。
静かに時の進む部屋の中で、カタカタとキーボードを打つ音だけが鼓膜を打つ。
照明が点けられていない部屋の中、唯一の明かりともいえるノートパソコンのディスプレイが放つ光は、不気味にかの者の姿を照らす。
カタカタ、カタカタ。カタカタカタカタカタカタカタカタ。
キーボードを打っている張本人・月ノ瀬零士は、ただ静かにキーボードを細い指先で叩く。パソコンに向かうその顔に表情は無く、その目は画面上に浮かぶ文字の羅列をただひたすらに見続けていた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ、キーボードを打つ音は止まらない。止まらない。止まらない。
「これで、」
いつの時にか覚えた、「上書き保存」のショートカットキーを打ち込み、画面を閉じる。閉じた後、零士はフゥ……と息をつき、天井を仰ぐ。
その口は言葉を紡ぎ出す。
「――自分の“物語”は……」
「零士さーん」
1月10日。
大方冬休みも明け少しずつ授業も始まっていくこの時期、現在絶賛家出中の少女・口無十色は零士が住んでいるアパートへ足を運んでいた。その手にはビニール袋に詰められた食材と、学生鞄が握られている。学校の帰り道で食材を買い出してくれたのだろうか。彼女はいつもの笑顔を浮かべながら、ピンポーンとインターホンを鳴らす。
しかし、押しても何の反応も返ってこない。
「……あれ?」
いつもならば、家主である零士が扉を開けて迎えてくれるはずだが。今回はそれが無い。打ち合わせがあって出かけてるという話も聞いてないから、彼は高確率で家にいると彼女は思っていた。
出かけているのかを確認するべく、そっとドアノブをひねれば、ガチャリと音を立てて扉が開く。不審に思い、十色は部屋の敷居をまたいだ。部屋の中を見ても零士の姿はない。風呂場やトイレも確認したが、姿見られず。
(どこに行ったんだろう……?)
テーブルにビニール袋をガサリと置くと、彼女の目に一つの物体が留まった。
ノートパソコン。
零士が仕事の時に使っているそれは自室に片付けられておらず、リビングに置かれていたテーブル上にポツンと存在している。作品の保存に使っているUSBメモリも、パソコンの傍らに放置されていた。
USBメモリの傍らには「こちらのUSBに新作『レイノツキ』の原稿データが入っています、ご確認ください 月ノ瀬零士(月見雨令)」のメモ書きが添えられており、原稿を届けに出かけているという可能性が彼女の頭の中では抹消される。
申し訳ないと思いながらも、彼女はパソコンを立ち上げ、USBメモリを差し込んだ。データには確かに『レイノツキ』と銘打たれたワードファイルが入っており、カチカチとダブルクリックしてデータを開く。
これは一つの懺悔である。
これは一つの苦悩である。
これは一つの痛みである。
これは一つの叫びである。
自分は自分を見て欲しかっただけなのに。
自分は愛されたかっただけなのに。
自分は戻りたかっただけなのに。
どうして。
冒頭から登場人物のものであろう悲痛な独白が綴られている。この文章だけで察すると、また悲恋の類を書いたのだろう。
親を失い、自分を引き取った親戚からも虐待を受け、その後施設に引き取られた……愛情に飢えを覚えた少年の物語だと推測される。
(――あれ…?)
画面をスクロールさせながら文面を読んでいけばいくほど、十色はその文面から“何か”を感じ取る。
“愛”というものは、何だろうか。思考を巡らす事がある。
思えば親を失い、親戚に引き取られても虐げられたこの身は、“愛”を深く得られず生きてきた。誰かを好きになれても、誰かに好かれる事は無かったように思える。そんな人生を自分は歩んできた。
「自分が3歳くらいの時に親を事故で亡くしまして、母方の伯父夫婦に引き取られたんです。ですが、伯父達は親が残した遺産だけが目当てで……自分のことはまともに育ててくれませんでした。」
「何分20年以上も前の思い出しかないので……その辺はよくわかりません。解っているのは伯父達は自分に興味はなくて、泣けば暴力を振るわれ、満足な食事も与えられず、育児放棄もされていたという事だけですね。」
「それが3年近く続きました。自分でもよく耐えれたなと思っています。近所の方が不審に思ったのでしょう、その手の機関に連絡してくださりまして……遺産の半分を伯父達に渡す事で自分は無事生き残る事が出来ました。」
(これって――)
十色はディスプレイに映る文字の羅列を凝視していく。
彼の者に愛されたいと思った時には、彼の者は一人の男と結ばれた。周りは二人を祝福していたが、そんな中自分だけは、その祝福の声を上げる事が出来ずにいた。
自分の中に渦巻く薄気味悪い感情のが、自分の脳裏に木霊されていく。
「彼女への恋心を自覚したその日に、結婚を前提に交際し始めた男性を連れてきました。」
「前々から付き合っていたんじゃなくって?」
「ええ、『今日から結婚を前提としてある人とお付き合いすることになった』とハッキリ報告されましたよ。……他の人達は二人を盛大に祝福してましたが、自分だけは心中複雑でして、静かに部屋を出て行きました。これ以上、その幸せそうな姿を……見たくなくて。」
「その男を殺してしまえ」
「彼の者を壊してしまえ」
悪魔の囁きとも言えるそれに、自分は負けてしまった。空っぽの瞳に歪んだ笑み、滲み出た黒い汚い感情が、衝動が自分を動かす。
自分はただ愛されたかった。
この身を彼の者の温もりで包まれたかった、この頭を彼の者に撫でて欲しかった。この空いた心を、彼の者からの愛で満たされたかった。ただ、それだけだったのだ。
「その日、麻衣香さんとその恋人……木下祐造さんが談笑していた所に、フラリと自分は訪れました。祝福とは全く関係の無い、包丁を片手に。」
「自分の呪いはいつの日か、好意を抱いた相手に対し、深い殺意、激しい破壊衝動を感じるようになっていたようで……その衝動に流されるがまま二人を襲いました。『どうせ手に入らないなら、この手で壊して“自分だけのもの”にしてしまえばいい』と、歪んだ独占欲を露にして……。」
(これって……ッ)
彼女は文章を読んでいくうちに、一人の人物が想像される。
――月ノ瀬零士。
この小説を作り上げた張本人。
「これは、“零士さん”の話だ……!!」
この作品は、彼が今までまともに吐き出せなかった悲痛な叫びや懺悔を綴ったものだと、十色は思い至る。事実、小説には彼が自分に昔語った出来事や、自分と出会うまでにあった出来事(なのだろう)を元にしたエピソードが、主人公の生涯として紡がれている。
愛する者に向けた独占欲や、それを露にした事で感じた後悔の念。再び起こしてはならないとして他者を恐れ、逃げ、隠れ、怯える日々を過ごした主人公。他者に怯えたまま主人公は大人となり、気まぐれに作った作品が偉い方の目に止まり、それで収入を得られるようになった。
自分をモデルにした人物も物語には登場している。物語の上ではちょこちょこと姿を現すだけの端役だが、それでも自分と同じ立場の少女は、話の舞台に立っている。
(この話の終わりは……)
十色はパソコンの画面をスクロールさせ、原稿の最後の部分を確認する。自分の手が、顔が、目が、ある文章を見るやいきなり硬直する。
確認してすぐ、彼女は自分のカバンを持って零士の家を出た。
家を出、階段へ向かって走る背後で近所のインターホンを鳴らす存在を感じながら。
(零士さんを、見つけないと――…っ)
アパートを出て、十色は街を駆けていく。街には通行人が横行しており、人々の隙間を抜けるように彼女は走る。彼女の姿を一瞥した人は、必死さが伝わったのだろう、サッと避けていく。
(見つけないと、でも、零士さんはどこにいるの? 心当たりも無いのに、どうやって? 零士さんの電話番号なんて知らない、連絡がつかない、それで……どうやって、私は零士さんを見つけるの??)
グルグルと巡っていく自身の思考。自分らしくない、鬱々とした思考の迷宮が自分の気力を削いでいく。
いったいどれだけ走ったのだろうか、息も絶え絶えになり、ついには足元がもつれ通行人にぶつかってしまった。優しい人なのか「悪い、大丈夫か?」と、相手は十色に手を差し伸べる。彼女がその手を無視して自分で立ち上がろうとした時、その人は気付いたように口を開く。
「あれ? アンタ……確か」
「作家さんの家にちょくちょく来てる嬢ちゃんじゃねーか」
「……え?」
十色はその言葉に思わず見上げる。
彼女の視界に映っているのは二人組だった。自分に手を差し伸べている金髪の男性と、彼の傍に立つジャケットスタイルの人。
男性は「どうした?」と、キョトンとした表情を浮かべたまま十色に尋ねる。傍らにいた人物も、彼女の顔を心配の表情を浮かべ見下ろしていた。
「……あ……」
十色の口が開く。
開いた口は言葉を紡ぐ。
「助けてください!」
紡いだ言葉は、彼女の叫び。
「このままじゃ、零士さんが……ッ」
その叫びは、名も知らぬ他者の鼓膜を震わせた。
「……」
冷たい風が頬を撫ぜる中、月ノ瀬零士は廃ビルの屋上に佇んでいた。寒空の下には変わらぬ日常の景色、彼もまたいつもと同じ和装で此処まで来ていた。
一歩、また一歩、そのまた一歩と。錆びた柵へ近づいていく。いつもと変わらぬ、愁いを帯びた黒の瞳は静かに景色を見下ろした。
変わらぬ日常を、変わらぬ平穏を。
「――」
柵を乗り越えると、ずっと閉ざされていた口は小さく開かれる。
同時に口ずさんだ、一つの唄を。
昔に聞いた、子守唄を。
懐かしさと、安らぎを感じる唄を。
もう一度、眼下に広がる景色を見下ろす。変わらぬ日常が広がる、街の様を。
口元に薄い笑みを浮かべた後、己が体重を景色広がる先へ傾け……
その身体は、ゆっくりと下へ落ちていく。
「 」
小さな声で、一つの言葉を紡いで。
「させるかよ!」
知らぬ低い声と同時に此方の服を掴む手が一つ。
屋上すぐ下の階層、ガラスもなくなった窓から金髪の男が零士の服を掴んでいた。赤く鋭い瞳は必死とも怒りともとれる表情を浮かべながら、男はそのまま投げる動作を取って零士を部屋の中へ一気に引き入れた。
灰色の空間を、彼は受身を取れないまま数メートル転がっていく。その過程で、床にガラスの破片が散らばっていたのだろう、服が所々切れる音がした。
「……な……、……?」
よろよろと零士は自分の状況を把握し始める。
部屋にいるのは零士を除いて三人。彼を引っ張り、部屋へ投げ込んだ金髪の男性。彼から少し離れて佇む、ジャケットスタイルの存在。
そして、
「零士さん……っ」
今にも泣き出してしまいそうな、見知った少女の姿。
「口、無 さん……?」
「何故」と問いかける前に、少女・口無十色は言う。
「ラストを……、変えてくださいっ」
零士の肩を掴む彼女の右手に、力がこもる。そんな二人の様子を暫く観察していた男・龍宮槐は、息を吐いて傍にいたユズリハと共にビルを出て行った。
「……今回の小説、ちょっと原稿見ちゃいました。主人公の人……零士さんがモデルですよね?」
「…………」
「死ぬつもり、だったんですか? ……小説のラストみたいに」
「…………」
「やめてくださいよ……死んじゃ、ヤです……」
「零士さんがいなくなったら、私、どこに帰ればいいんですか……?!」
十色は、泣きながら零士に言う。ポロポロ涙を流しながら。
「口無さん……」
ポタポタと落ちる雫の音。気が付くと零士の頬にも一筋の雫が伝っていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
吐き出される謝罪の言葉。だんだんと小さく、かすれていく声。
その腕は彼女を抱きしめ、長い黒髪を梳く。
二人の男女は数分の間ただ静かに、涙を流し続けた。
「約束してくださいよ? こんな事しないって」
「わ、わかってますよ……」
廃ビルを抜け出し、零士と十色は街を歩く。十色が彼の腕を組んで密着しようと図るが、零士は慌ててそれを回避する。回避に対して見せた彼女の反応は「ちぇー」の一言。雰囲気としてはいつもの感覚に戻りつつあった。
「にしても……」
十色は零士の服を見る。一瞥した程度ではわかりにくいが、ガラスの破片が原因か、ところどころ傷が入っている。
「さっきので少し服傷んじゃいましたね。これじゃ街を歩くのも微妙……そうだ、今度服を買いに行きましょうよ! ついでにその長い髪も切るとか」
「唐突に何言うんですか!? 別にそこまでしなくても大丈夫ですって……」
「えー。零士さん、まだ若いんですからちょっとくらいオシャレとかしましょうよー」
「いやいやいや」
何気ない会話を交わしながら、街を歩く。目的は当然、自宅としているアパート。
そこへ帰る道中、零士はふとある物事を思い出す。
十色の父と名乗る男性が告げた、一言を。
彼女に伝えてくれと託された、言葉を。
(そうだ、伝えておかないと――)
「口無さん。あの――」
「あーっ!」
突然の叫びに、零士はビクリと肩をはねる。声の主を見ると、十色が自分のカバンに手を入れながら話す。
「お財布……学校に忘れてきちゃった」
「え?!」
「それは、まずいですね……」零士もその言葉に対し困惑の感情を示す。
「私、一度学校に行って確かめてきます。それじゃ、また後でー」
「ああ……はい……」
勢いのままに学校へ走る十色の背を、零士は見送ることしか出来なかった。
伝えなきゃいけないと思ったことを、伝えられないままに。
この日を境に、口無十色を月ノ瀬零士がいるアパートで確認されることは無くなった。
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HN:
小慶美(シャオチンメイ)
年齢:
34
HP:
性別:
女性
誕生日:
1990/03/09
職業:
一応学生
趣味:
色々
自己紹介:
幼い頃からの任●堂っ子。
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